−−−Happiness for you...




 空を見上げると、どんより曇っている。
「雨、降るのかな」
 公園のブランコを揺らしながら、少年はぼんやり呟いた。

 日は落ちかけて、小さな公園の中には他に人影どころか、猫の子一匹いそうにない。
 ただ木枯らしが吹き抜けて、少年はその小さな体を震わせた。

「・・・この寒さだと雪、かな?」
 その方がいいな、と頬を緩める。

 今日は年に一度のクリスマス・イブ。
 まだ小学生の彼も『ホワイトクリスマス』の言葉は知っている。
 世の人々の中には、それを特別に思うヒトが多いことも。
 その雪で、心を温めるヒトも決して少なくないだろうことも。
 だから、少年は「雪、降るといいな」と、もう一度呟く。

 今夜、彼自身は誰と過ごす予定もないけれど・・・
 家に帰っても、誰もいない暗い部屋が待っているだけだけど・・・

 こんな日にも仕事を取る両親を恨む言葉は、どこにもなくて。
 少年は、ただ空を見上げて頬を緩める。

 雪が降り出した時に、人々が感じるかもしれない幸せに。

 それを想像すると、自分も幸せになれる気がして。
「神様からの・・・ううん。サンタさんからのプレゼント、だよね」
 言って、クスクスと笑う。

 それは誰にも届かないはずの独り言・・・だったのだけど。

「何がプレゼントだって?」
「え・・・」
 その小さな公園は、ブランコのすぐ左手が入り口になっている。
 立っていたのは、真っ赤なダッフルコートを着た同じ年くらいの少年。
 ポケットに両手を突っ込んで、どこか拗ねたような表情で公園に入ってくる。

「このクソ寒い中、一人で何やってんだ?」
「・・・え〜と、君は誰?」
 どこかで会ったことある? と訊ねたが、真っ赤なダッフルコートの少年はあっさり否定した。
 けれど、見知らぬ少年にこんなふうに話し掛けられたのは初めてで、ブランコを止めた少年は首を傾げた。
 その戸惑いを感じ取ったからか、相手は肩をすくめて、声を掛けた理由を語りだす。
「暇だからぶらついてたんだけど、妙な笑い声が聞こえたから気になっただけだよ」
「あ・・・」
 そんなに大きな声でしゃべってたつもりはないのだけど。
 公園の脇を通るヒトに聞こえるほどの声を出してたのだと気づき、頬を染めた。

「で、何やってたんだ? こんな日に、こんなとこで一人で」
 よっぽど気になるらしい。
「こんな日って・・・ああ、確かに外に出るには寒い、かな」
「じゃなくて、今日は・・・」

 言いかけて、すぐに口ごもる。
 クリスマスに子供が一人でいる理由なんて、想像するのは簡単。
 それはお互い様というもので、思い浮かべたいくつかの理由のどれかがきっと当たってるに違いない。
 だから、間は省略して、繋がりのない別の言葉を口にする。

「大人って、勝手だよな」

 けれど。
「・・・そう?」
 相手が返してきたのは、キョトンとした顔。

「お前・・・おめでたいヤツだな」
「え?」
「一人でつまんなくないのか、お前」
 言われて、少年はまた首を傾げた。

 そして。
「ムツキ、だよ」
「は?」
「“お前”じゃなくて、“睦月”。君は?」
 にっこりと言う少年・・・睦月に、唖然と呟きを返す。

「・・・変なヤツ」

 それでも、睦月は機嫌を損ねた様子もなく、「ん?」と訊く体勢を崩さない。
 だけどそれは、決して不快なことではなくて。
「ユーヤだよ」
 答えは、抵抗なくするりと出てきたのだった。



「ユーヤくんは、一人で何してたの?」
 隣りのブランコに腰を下ろした彼に、無邪気に訊く。
 ただ話し相手が出来たことが嬉しくて、その相手の顔に怪訝な表情が浮かんでることは気にならない。

「何って・・・そういうお前は何してたんだよ。さっきの笑い声は?」
「あ、一人で笑ってたのってやっぱり・・・」
「変だろ」
 キッパリ言われてしまって、睦月は困ったように笑い出す。
「クラスの友達にもよく言われるんだけど、僕って変わってるのかなぁ?」
「・・・つまり、いつも一人で笑ってんのか?」
「え、いつもってことはないよ! ・・・でも、たまに」
 一応の自覚はあるため、自然と語尾は小さくなる。

「でもね、幸せを感じると笑顔になるでしょ?」
「そりゃ、まあ・・・ってことは、さっきのも?」

 この寒い公園で、一人で一体どんな幸せがあったというのか。
 不審な目を向けたが、睦月ははっきりと頷いた。

「あのね。雪が降ったらいいなぁ、って思ったの!」
「雪?」
「そう。そしたら、皆が幸せかな、って。“ホワイトクリスマス”って言うんだよね」

「・・・は?」
 拳を握って語る睦月だったが、ユーヤには咄嗟にその意味が理解できなかった。
 ポカンと口を開けたマヌケ顔を返し、やがて額に指を当てる。

「ちょっと待て」
「うん?」
「・・・“皆が”幸せだと“お前も”幸せになるのか?」
「そうだよ」
 あっさり即答されて、ユーヤはゆっくりとまた質問を重ねる。
「・・・お前自身に、何かイイことがあったわけでもないのに?」
「皆が幸せなのは、イイことでしょ」
 これまた打って響くように、迷いなく返答する。

「お前・・・お人好しか?」
「あ、それもよく言われる」

 そう言って笑う睦月に、頭を抱えずにはいられないユーヤだった。
 この手のタイプには、嫌味も悪意も通用しない。
 わかっているけど、言わずにいられない言葉が口を出る。

「・・・変なヤツ」

 それに対して、睦月はやっぱり機嫌を損ねた様子もない。
 だから、それ以上は言わずに、話を戻す。

「理解するしないは別として、さっきの“プレゼント”ってのは雪のことなのか?」
「そう! 雪が降ったら、それはきっとサンタさんからのプレゼントだろうな、って」
「・・・サンタ? ・・・信じてるのか?」
 呆れた様子で呟いたが、睦月はあっさり頷いた。
「今時? 暖炉も煙突もない家でも、イイ子にしてれば子供一人一人におもちゃを届けてくれる、ってか」
「違うよ!」
「は?」
「一人一人の枕元にプレゼントなんて、いくらなんでも無理でしょ」

 意外にも現実的なことを言われて面食らうユーヤに、睦月は笑顔で語り続ける。
「だからね。イブに感じる幸せが、サンタさんからのプレゼントなんだよ」
「・・・・・・」
「雪が降って、幸せだなって思えるヒトがいるから、雪もサンタさんからのプレゼントになるの」

 家族や友達と過ごせる時間。
 おいしい食事や、楽しい遊び。
 もちろん、子供にとっては枕元のプレゼントも。

 心に宿る、小さくても温かい気持ちが。
 そのヒトが、幸せだと感じる、そのひとつひとつが。

「きっとサンタさんからのプレゼントなんだよ」
 そして、睦月は「だからね」とさらに驚きを伝える。

「僕にとってのサンタさんからのプレゼントは、ユーヤくんだよ」

「・・・は? 俺?」
「そう。さっきね、ユーヤくんのその真っ赤なコート姿がホントのサンタさんかとも思っちゃった」
 笑って言われて、反射的に自分の格好を見下ろす。
 確かに、サンタの服と言えば赤いモノだろうけど。
「俺はあんなじいさんじゃないぞ」
「あはは。でも、サンタさんに会ったことなんてないし。本当の年齢や姿なんてわからないでしょ?」

「・・・お前って」
「ん?」
「やっぱり変」

 だけど。
「・・・その考えは、悪くないけどな」
 言った途端、睦月は心底幸せそうにパッと顔を明るくした。
 それこそ、ヒトの幸せな心を呼び覚ますような笑顔で。
「やっぱりサンタさんからのプレゼントだよね!」
 嬉しそうなその言葉に、ユーヤの顔にも自然と笑みが浮かぶ。

 サンタを信じる信じないは別として、でも確かに今ここに存在する時間。
 目の前にある笑顔は、確かにそのプレゼントに値するモノで。

「クリスマスって、不思議なもんだよな」

 するりと出た言葉は、普段の自分らしくないものだったけれど。
 普段のユーヤを知っているヒトたちに訊かれたら、笑われてしまうのは目に見えているけれど。

「クリスマスって、不思議なものだよね!」

 当然のように出した言葉は、いつも周りの失笑を買う類のものだったけれど。
 どんなに自分らしくても、また始まった、と笑う友達ばかりだったけれど。

 今一緒にいるのは、初めて会ったばかりの相手だから。

 いつもと違う自分も、いつもは周りから浮いてしまう自分も、受け入れてくれる相手だから。

 二人は重なった言葉に、顔を見合わせて笑い合った。

 そして。
 二人の間を、ひらり舞い落ちる小さな白い結晶。

「雪だ!」
「やっぱり降ってきたか」

 睦月は、嬉しそうに反射的に立ち上がって。
 ユーヤは、舌打ちでもしそうな顔でため息混じりに。

 それぞれ呟いた言葉と反応は、正反対だったけれど。

 きっと心に宿った気持ちは同じ。

 彼らの“幸せ”が、ここにある。



「今年のサンタクロースは、気前がいいみたいだな」
「ホントだね!」



    −−−Marry Cristmas,

          Happiness for yours...













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以前に本館の(以下略)第2弾。
『誕生日』とはガラリと変わって、ハッピーエンドを目指してみたり。
並べてみるとギャップが・・・(痛)
書き始めた時はもっとファンタジーな雰囲気のネタが頭にあったのですが・・・おや?(苦笑)
イブネタなのに、書いたのが12月25日で公開したのが27日くらいだった気が(爆)
でも、意外と個人的にはお気に入り。
彼ら2人の性格が、神楽の趣味に走ったモノだから、ってせいもありますが(オイ)





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