−−−涙




「泣きたい」

 前触れもなく呟いたら、「は?」と怪訝そうな声が返ってきた。

 俺の部屋。
 幼馴染で腐れ縁のテンと暇を持て余し―――テンは部屋の隅に放り出してあった雑誌を
めくってたけど、俺は特にしたいことがなくて―――ただ、ぼんやり過ごしていた。
 読んでいた雑誌から顔を上げて、テンは首を傾げる。

「なんだよ、いきなり?」
「いきなり泣きたくなった」
「それじゃ、わかんねっての」

 返ってきたのは、呆れた声。
 でも、それ以外に言い様がないし。

「理由なんかなくてもさ。泣きたくなる時ってあるだろ?」
「ない」

 即答かよ。
 唇を尖らせて上目遣い。無言の抗議を試みる。
 テンの性格はわかってるけど、それはあんまりだろ?

「泣きたいなら、勝手に泣いてればいいだろ」

 オレにどうしろって言うんだ、ってな反論はもっともなんだけど。

 でもさ。もっとこう・・・優しさってもんがないかな。
 言ったら、鼻で笑われた。

「オレに優しさを求めるわけだ? 今更?」
「・・・お前、性格悪いよな」
「それこそ今更だろ」

 ごもっとも。
 俺の完敗。

 仕方なく、ため息をひとつ残して、部屋の隅に移動する。
 手近にあったクッションと膝を抱え込んで。
 テンは一瞥しただけで、また雑誌に目を戻した。
 それが、いつものことだから。

「サビシイ」
「自覚があるかないかの話だろ」
「・・・は?」
「泣きたくなる理由。あるいは、涙が出る理由」
「同じじゃん、そのふたつ」

 なんでわざわざ、言い換えるかな。

「違うさ。泣きたくなるのは感情が昂ぶるからだろ。比べて、ただ涙が出ると言うなら、
感情なんか関係ない。目にゴミが入ったから、とかそんな理由も入る」
「は〜、なるほどねぇ。で?」

 テンの話は、いつもよくわからない。
 最初の一言は簡潔すぎるし、促さなきゃ先の説明してくれないし。
 その説明もまた、まわりくどい。
 だから余計にイメージ悪くなってんのに、気づいてんのかな、こいつ。
 いつも思うけど、まだ訊いてみたことはない。

「ふたつは違うけど、共通して言えることもある」
「何?」
「涙の必要性」

 その言葉の意味を考えて黙り込む。
 細切れに語るテンの言葉に、いちいち訊き直してたら疲れる。
 だから、最近じゃ自分でも考えてみる。
 いいかげん付き合いも長くなったし、少しはこいつの考えが読めるかな、とか。
 でも、そんな俺は甘いらしい。
 今のところ、一度だってわかったことないし。

「・・・・・・」

 口元をクッションに埋めて、沈黙を続ける。
 でも、テンは何も言ってこない。
 雑誌から顔を上げようともせず、ただ黙ってる。
 その様は、俺の言葉を待ってるようにも見えない。
 つまり、テンにとっては結論が出てて、ここで会話を切っても構わないってことか?
 俺が訊かないならば、俺もわかってるとでも思ってるんだろうか。

 だとしたら、なんか悔しい。
 わかってるのが当然と思われてることが、わからない自分が。

 だから余計に、質問を重ねるのは嫌にもなるんだけど。
 こんな中途半端は気分が悪い。
 ・・・くそ。

「つまり?」

 間にあった沈黙の時間の長さを無視して、簡潔に促す。
 ささやかな抵抗―――のつもり。
 でも、テンはやっぱり淡々と答えてくる。

「目にゴミが入った時に涙が出るのは、ゴミを取り除くためだろ」
「うん」

 ・・・って、説明それだけか?
 なんか、ささやかな抵抗に仕返しされた気分だ。
 本人、そんな気は絶対にないんだろうけど。

 それでも、テンと縁を切ろうと思わないのは不思議だけど。
 重ねて訊き返した時の反応、かな。
 何度訊き返しても、テンは馬鹿にするでも面倒臭がるでもなく説明してくれる。
 そうでなきゃ、こいつと会話できる相手なんかいないだろうけど。

 わからないことは、素直に訊く。
 テンと話してて、学んだこと。
 だから、自分でも考えようとは思うけど、最終的にはいつも訊いてばっかりだ。
 それについて、俺とテンのどっちが悪いのか・・・テンが悪いと思うのは責任転嫁か?
 考えながら、今はとりあえず目先の疑問の解消を求める。

「感情が昂ぶった時の必要性ってのは?」
「さあ?」

 前言撤回。
 馬鹿にすることも面倒臭がることもないけど、端折りすぎる。
 それって、マトモに答える気があるのか疑いたくなっても、しょうがないだろ。

 しかも「さあ?」ってなんだ。
 わかりもせずに適当なこと言うな。

「説明するには難しい」
「なんで?」
「オレには、そういうことはないから」
「・・・つまり、テンにはなくても、俺にはあるって?」
「だろ?」

 同意を求められても。
 テンが何を言いたいのか、さっぱりわかんないんだってば。

 視線に抗議を載せて送ったが、雑誌に目を落としたままのテンには通じない。
 滅多に興味を示さないマンガ雑誌が、そんなに気になるのか、おい。
 言ってやりたかったけど、どうせ「別に」くらいの答えしか返ってこないだろう。
 意味がないのは、目に見えている。

 短く唸って、言葉を探す。
 テンが端的な答えしか返さないのは、俺の訊き方に問題があるのか?
 たまに、そんなことも考えないことはない。
 だって、こういう答え方を改めないってことは、他では困ってないのかもしれないし。
 俺を相手にした時だけ、ってことはない・・・はず?
 ・・・って、他のクラスメートたちと話してる姿って、あんまり見ないけどさ。

 つまり。
 誰に対しても、テン自身の会話の仕方に問題がある、と。
 話しにくいから、必要なことしか話そうとしない?
 納得。・・・してる場合じゃないけど。

「俺のどこを指して、そういうこと言ってんの?」
「別に、コウヘイに限ったことじゃないよ」
「でも、テンにはないんだろ?」
「“冷めてる”からな」
「それは・・・」

 自嘲的に言われると、どう返したらいいかわからなくなる。
 いつだって冷静で、付き合いは長くても、俺はテンが泣いたとこも怒って怒鳴るような
とこも、一度も見たことがない。
 それは“冷めてる”と言えるのかもしれないけど。

「不思議、だよな」
「ん?」

 言葉がまとまらないまま呟いたら、ようやくテンは顔を向けてきた。
 でも、俺はクッションにアゴを乗せて、視線は落としたままボソボソと続ける。

「俺には、テンがどうしてそんなに落ち着いてるのかがわかんない」
「性分だからな」
「そんな一言で片付けんのかよ」
「ホントのことだろ」
「だからって、あっさり言えるお前が不思議だっての」
「オレからすれば、コウヘイの方がわからない」
「はぁ? いつも『わかりやすい』って馬鹿にされてんだけど?」

 馬鹿にしてる張本人が、どうしてそういうこと言えるかな。
 睨みつけたら、テンは苦笑して肩をすくめた。

「それは『考えや行動が読みやすい』ってことだよ。今言ってるのは、違うだろ」
「・・・わかんない」
「難しく考えることじゃないさ。といって、自覚がないのかもしれないけどな」
「自覚? 俺が? 何を?」
「お前さ、泣かないだろ」
「・・・・・・は?」

 話が飛びすぎてないだろうか?
 なんでこんな話になってるんだ?

 クエスチョンマークを顔に貼り付けて、首を傾げる。
 元を正せば「俺が泣きたい」って話をしてたんだよな?
 話がねじれて、寄り道して、やっと話が戻ったようにも思えるけど・・・

「泣いてるだろ、俺」

 泣かないのはテンだろ?
 そりゃ、男が泣くなんてカッコ悪いとか思うけど。
 だから多少の我慢はするけど。
 いくら我慢したくても、泣いちゃうことってあるし。
 テンの前で泣いたことは、それこそ両手じゃ足りないほどだろ?
 なのに、なんで断定してるんだよ、そこ。

「だから、自覚がないって話だよ」
「わかんないっての。もっと明確にわかりやすく話せ」
「じゃあ訊くけど。なんでわざわざ言ったわけ?」
「何を?」
「“泣きたい”」

 ますますわからない。
 確かに言ったけど。それがいけないのか?
 いや、それがどうして『俺が泣かない』って話になるんだよ。
 思いっきり、泣く気じゃん、俺。
 って、自分で言うのもアレだけど。

「泣きたかったからだよ」

 それ以外にどんな答えがあるって言うんだ。
 俺はテンみたいに捻くれてないから、やりたいことは素直に言う。
 それが悪いのか?

「さっき言っただろ、涙の必要性」
「それが何?」
「泣きたくなる時には理由がある。悲しいとか嬉しいとか、総じて感情が昂ぶったから」
「うん」
「“必要性”って意味で言えば、感情の昂ぶりを発散する方法のひとつだから」
「ん〜? わかるようなわかんないような」
「怒鳴るとか叫ぶとかモノにあたるとか、発散方法はいろいろあるし、そのヒトの性格や
状況によって出来ないこともある。それら全部に共通するんだけど」
「・・・?」
「もし、発散せずに我慢したらどうなる?」
「え・・・う〜ん、イライラする?」
「それもあるだろうな。つまりは、体に悪いし良い選択とは言えない」

 それは、わかる。
 わかるけど、話の繋がりがどこにあるって?

「でも、だからこそ我慢する気がないなら、わざわざ前もって言うことじゃない」
「“泣きたい”って?」
「そうだろ。本当に泣きたければ、言う前に涙が出る。それが感情の昂ぶりってもんだろ」
「なるほど、一理ある」

 芝居っ気混じりに頷いたら、呆れられた。

「お前のことだぞ」
「なんだよ。わざわざ“泣きたい”とか言ってんのは、本当は泣きたくないからか?」
「可能性としてはそれもある。でも、お前の場合は我慢してるからだろ」
「俺が?」

 そんな断定的に言われても。
 そもそも、俺のことがわからないってことを話してたんじゃないのか?
 わからないって奴が、断定して話すなよ。

 不満を込めて、眉間にシワを寄せた。
 でも、テンは変わらぬ調子で指摘する。

「そういう風に自覚がないのが、オレにはわからない」
「ああそうかよ。俺はもっとわかんねえよ」
「コウヘイはわかりやすいよ。よく怒るし笑うし、表情が明確に変わるから」
「だ〜か〜ら〜、矛盾してるだろ、それは。やっぱりわかりやすいんじゃないか」
「そう、考えや行動は読みやすい。でも、深刻でマジになるほど隠すだろ」
「・・・・・・」
「感情が豊かだけど、いつも周りの雰囲気に気を遣ってる。オレは別に周りがどうだろう
と気にしないけど、お前は自分がムードメーカーだって自覚してるから、かな」
「そんな、ことは・・・」
「自分が真剣に怒ったり泣いたりすれば、周りが気にする。だから、オブラートに包んで
軽い調子で流すしかない。それって、我慢だろ」

 どうして、そんな面倒なことをしてるのか、オレにはわからない。
 淡々と言われた。

 なんでだろ。
 俺は、そんなこと考えもしなかったのに。
 なんでテンは、そんな指摘が出来るんだ?
 ・・・って、俺に自覚がないって話だっけ。
 でも、なんでだよ。

「コウヘイの“泣きたい”は“泣いてもいいか?”って確認だよな」
「っ〜〜〜・・・」

 完敗。
 返す言葉もない。
 自覚、なかったのに。
 今のは、図星。
 うわ、俺ってそうだったんだ。

 ヒトに言われないとわからないあたり、すっごい悔しいんだけど。
 しかも、テンに。

「おっ前なぁっ!」
「何?」
「俺はそんなこと知らなかったんだよ!」
「だから、コウヘイに自覚がないって前提で話したろ」
「問題はそこじゃない! 今ので、自覚しちゃっただろ!?」
「良かったじゃないか」

 自分を知るのはイイことだ。
 なんて、どの口が言うかな、こいつは!

 むかつく。
 感情にまかせて、抱えてたクッションを投げつけた。
 あっさり取られたけど。ちっ。

「目にゴミが入った時も感情が昂ぶった時も、不快感を洗い流すために涙を出すんだよ」
「・・・・・・」
「特に感情が昂ぶった時は、何度か我慢は出来るけど、その分不快感が溜まる。リミッター
ってのはあるだろ。今のお前は、それがギリギリ」
「なんで、わかんだよ」
「そうでなきゃ、“泣きたい”なんて言葉出ないだろ」

 なるほど、こいつは最初っから、そこまで読んでたわけだ。
 でも、それだったら・・・

「なんで反応が冷たいんだよ!?」
「反応?」
「勝手に泣いてろ、なんてそ、んな・・・こと・・・」

 自然、語尾が消える。

 違うじゃん。
 テンの口の悪さはわかってる。
 いつも、言い方が優しくないのも知ってる。
 一見、冷たい奴。

 でも、付き合いの長さで、多少、その裏にある本音を読めないこともない。
 テンは、冷たく突き放すことの出来る奴だけど、大半は素直になれないだけ。
 つまり。
 今までの経験と今のやり取りからして、あの言葉に補足するならば。

『泣きたいなら、勝手に泣いてればいいだろ』
『気が済むまで、そばに居てやるから』・・・とか?

 だから、普段はすぐに放り出すマンガ雑誌を読み続けて。
 俺がいつでも泣き出せるように、目を向けないようにしてた・・・とか。

「っ〜〜〜、わっかりにくいんだよ、お前はっ!」
「それも今更」
「・・・・・・」

 もういい。
 どうせ、何を言ったって、口じゃ勝てないし。
 何より、許可は出てるわけだし。

 確かに、リミッターは限界。

 歯を食いしばって、立ち上がる。
 せめてもの、反抗。
 テンの背後に回りこんで、腰を落とす。
 さっき投げつけたクッションは回収して、また膝と共に抱え込む。
 背中合わせで、触れるか触れないかの近距離で。
 でも、絶対にお互いは見えないから。

 俺は、抱えたクッションに顔を押し付けた。



     ◆   ◇   ◆



「暇な時まで緊張を保つのは難しいよな。溜めすぎてると糸が切れやすいし」
「そう言うお前こそ、溜めこんでるんじゃないのか?」
「オレはオレなりの方法で発散してるさ。誰かさんと違って」
「あっそ。悪かったな」

 背中越しに伝わってきた笑いに同調して。
 最後は笑って、スッキリした。












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 うわ、ビックリ(何)
 最初はショートショートのつもりで書き始めたんですけど・・・どこが?(苦笑)
 なんかキャラが立ってしまって、気づいたらすっかりお気に入りな二人でした♪
 性格の組み合わせとしては、会話が無駄に長くなる二人ですけど;
 コウヘイが頑張ってるけど、テンがマイペースすぎて・・・
 いや、こういう二人ってとっても好きなんですけどね(個人的趣味)
 書いてて、とても楽しかったですv(だから、この長さ;)


 ちなみに、二人とも苗字までは考えてないけど、“テン”は本名“天城(アマギ)”。
 こんな一回限りの短編キャラで、そこまで考えてるのって珍しいんですが。
 思わず、“テン”って呼ぶようになった出会い編まで考えてたり。
 ・・・ホントに自分で、ビックリさ(笑)





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