−−−ピエロ



 ようこそ、おいでくださいました!
 おっとと〜、怖がらないでください。
 ワタシは決して怪しいモノではありません。
 ほら、見てわかるでしょう?
 白い顔に、青と黄色とオレンジ、そして、この大きな赤い鼻。
 とんがり帽子ももちろん必須。
 え、服装まで合わせて派手すぎる? そりゃそうですよ!
 ワタシは、ピエロなんですから。
 派手じゃないピエロなんて、花の咲かない花壇のようなモノです。
 それこそ、意味がない!
 ワタシは、ピエロだから派手なんです。
 まぁ、派手だからピエロ、なんてことはないですけどね。
 アハハハハハ・・・っと、笑ってる場合ではありませんでした。
 さて、お客様。
 本日はご兄妹でのご来園ですか? 仲のおよろしいことで。
 は? ここはどこだ? おや、お客様はご存知ない?
 おやおやまあまあまあ。
 いえいえ、バカにしているなんてとんでもない!
 ピエロはバカにされることはあっても、バカにしないのが長所ですよ。
 ええ、大丈夫です。何もご存知ないままいらっしゃる方も珍しくありませんので。
 ワタシは説明係としての仕事も仰せつかってるのですよ。
 お客様の仰せのままに、まずは場所の説明から。
 ということで、さぁ、ワタシの背後をご覧ください!
 何が見えますか?
 ・・・え、真っ白な霧で何も見えない?
 ―――おや。これは失礼しました。
 でも、大丈夫です! さ、取り出したりますは、何の変哲もないただの笛!
 ね、種も仕掛けもございません。
 けれど、これを一度吹いたなら・・・
 ―――ピピピィ〜〜〜〜〜〜っ!
 ほ〜ら、このとおり! 白い霧は、跡形もなく消え去るのです!
 ということで、仕切りなおしを。
 さ、何が見えます? そう考えるまでもありません!
 ご覧のとおり、目の前には巨大な門!
 この門の奥へと、お客様方をご案内するのが、ワタシの役目でございます。
 門の奥に何があるのか?
 それを先に言ってしまったら、つまらないではないですか!
 ・・・え、つまらなくていいから先に教えろ?
 ふぅ〜、せっかちなお客様ですね。
 しかし、ご要望とあらば仕方がない。もちろん、説明はいたします。

   ◆ ◇ ◆

 気がつくと、僕は真っ白い霧の中にいた。
 前後左右、上下を見ても、どこもかしこも真っ白い世界。
 僕としっかり手を繋いだ妹以外、誰の姿もない。
 ・・・ない、と思った。
 しかし、思った瞬間、目の前に極彩色の派手な塊が、前触れもなく現れた。
 “ピエロ”と名乗ったソレは、大袈裟な身振り手振りと共に、大仰に挨拶してきた。
 勝手に騒いで、勝手に笑う。
 呆気に取られた僕らの前で、それでもピエロは好き勝手に説明する。
 無駄な言葉が混じって、どこまでホントかわからない。
 でも、僕は呆気に取られたまま、話を聞いた。
 聞きながら、妹は不安そうに僕の手を握る手に力をこめる。
 まだ5歳になったばかりの妹は、僕が守るしかない。
 たとえ、このピエロが突然凶悪な化け物になって襲い掛かってきたとしても。
 でも、どうやらこのピエロは化け物ではないらしい。
 笛ひとつで真っ白い霧を晴らし、それはまるで絵本で見た魔法のようだったけれど。
 時々泣いてるようにも見える顔を揺らして、霧が晴れて現れた大きな門を振り仰ぐ。
「ここは“子供の国”の入り口なのです!」
 じゃじゃーん!とでも効果音がつきそうなほど大袈裟に腕を広げて、ピエロは言う。
「口うるさい親はいないし、おもちゃはいっぱい! もちろんお菓子もた〜っぷり!」
「・・・子供だけの国?」
「はい! ここでは何をしようと自由です! 誰も怒ったりしません!」
「子供しかいないの?」
「お客様は子供しかいません。後はワタシたちピエロだけです」
「ピエロは他にもいるの?」
「はい。お客様が快適に過ごせるようにするのが、ワタシたちの仕事です」
「・・・・・・」
「おわかり頂けましたか?」
 混乱する頭を抱えて黙り込んだ僕の顔を覗き込むように、ピエロは大きく首を傾げた。
 ピエロの説明は難しくない。
 簡単で、わかりやすくて、でも―――ホントにそんなことあるのだろうか?
「おや、信じて頂けませんか?」
 思いきり不信な気持ちを込めた目に、ピエロはおどけて肩をすくめる。
 けれど、すぐに口をにんまりと歪めて、笑顔を見せた。
「まぁ、そんな思いも中に入ってしまえば吹き飛びます! さ、どうぞっ中へ!」
「・・・・・・」
「入らないんですか?」
 最近の子供は用心深くなって、などと大袈裟に首を振る。
「ここは子供にとっては世界中で一番安全で過ごしやすい場所なんですよ!」
「世界で一番?」
「はい! もう今までのお客様で『帰りたい』と言い出す方は一人もいないほどに!」
「一度入ったら、帰れないの?」
「ですから、帰る気など起こらないほど楽しい場所なんですよ!」
「それでも帰りたくなったら?」
 しつこく訊くと、ピエロはぐるりと目を回して、空を振り仰いだ。
 そのまま数秒固まる。
 でも、僕はちゃんと訊いておかなきゃいけない。
 本当にそんな場所があったら、確かに帰りたくなくなるだろうけど。
 僕一人だったら、帰らなくても全然構わないんだけど。
 今は妹が一緒にいる。
 さっきからずっと、僕の手をギュッと握った小さな手が、僕の歯止めになってる。
 駆け出したい気持ちを引き止めて、僕は確認しなきゃいられない気持ちになる。
「帰りたくなったら、すぐに帰れるの?」
「・・・ふぅ〜、頑固なお客様だ。もちろん、お帰りは自由です」
 その言葉に、ホッと安堵する。
 だけど。
「でも、お帰りの際にはきっちり入園料を払って頂きます」
「え、お金を取るの!?」
「はい。けれど、後払いですので、ここに居続ける限りは関係ないことです」
「・・・・・・」
「大丈夫ですよ。中に入ってしまえば、帰ろうなんて気は起こらないのですから!」
 ピエロは気楽に言う。
「でも・・・ここに居られるのは、子供だけなんでしょう?」
 ―――大人になったら、どうするんだろう?
 その疑問も、ピエロはやんわりと否定する。
「そんな心配はいりません。ここは子供の国。永遠に子供でいられる国ですから」
「・・・・・・」
「永遠の時を約束された場所ですから」
「年を、取らない?」
「はい。ここに居る限り、お客様は子供のままでいられるのです!」
 ますます信じられない。
 ―――年を取らないなんて、そんなことホントに?
 どう考えても、おかしい。そんなことは有り得ないと思う。
 でも、信じたい気持ちはある。
 そんな世界が本当にあるのなら、入ってみたいとも思う。
 夜更かししても、好き嫌いを言っても、怒られない世界。
 お母さんに怒られて、嫌な気持ちで家を飛び出すこともないんだろう。
 なんでも自分の好きなことを、好きなように・・・
 気持ちが揺らぐ。
 考えれば考えるほど気持ちは膨らんで、僕は足を踏み出しかけた。
「お兄ちゃん?」
「っ!」
 ゆっくりと視線を巡らすと、妹の不安そうな瞳にぶつかった。
 そのまま数秒固まって、ぎこちなく笑顔で首を傾けているピエロを見やる。
 そして、巨大な門も見上げてから、妹に訊いてみる。
「あの門の向こうにね、すごく面白いところがあるんだって。入ってみない?」
「・・・お母さんは?」
「お、母さんはいないけど、すっごく楽しいとこなんだって」
「・・・・・・」
「おもちゃもお菓子もい〜っぱいだって! ・・・ね、行こう?」
 僕は精一杯の明るい声で言ったけど、妹はうつむいてしまった。
 そうして、はっきりと首を左右に振る。
「行ってみたくない?」
「・・・おうちに帰る」
「・・・・・・」
「お兄ちゃん、帰ろう?」
 見上げてきた顔は、今にも泣き出してしまいそうだった。
 僕は、すぐには言い返せなくて、もう一度巨大な門を見上げた。
 ―――あの向こうにある、楽しい世界。
 行きたい。入ってみたい。
 ピエロが言うような世界が本当にあるのなら、ほんの少しでも・・・
 でも、僕だけが楽しむわけにはいかない。
 一緒に入るなら、妹にとっても楽しい世界でなきゃ。
 一緒に入ったら、つまらなくっても妹だけタダで先に帰す・・・なんてダメだよね。
 ・・・考えて考えて考えて。
 見下ろすと、やっぱり泣き出しそうな顔があって。
 諦めきれない気持ちを抱えたまま、それでも仕方なく頷いた。
「・・・そうだね、帰ろうか」
「うん!」
 でも、パッと変わった笑顔を見たら、なんだか僕まで嬉しくなって。
 楽しい世界へ行ってみたい気持ちは、どこかに飛んで行ってしまった。
 変だけど、今ならお母さんの小言も気にならないかもしれない。
「ピエロさん、ごめんね」
「バイバイ」
 二人で手を振って、巨大な門とは逆方向に歩き出そうとした。
 ―――あ、でもこんな真っ白なとこからの帰り道って・・・あれ?
 気がつけば、そこはいつも遊んでる公園。
 妹と二人、きょとんと顔を見合わせたけれど。
 すぐに届いたお母さんの呼ぶ声に、よーいどん、で駆け出した。

   ◆ ◇ ◆

 う〜ん、残念。
 またしても逃してしまったようですね。
 むむむ、一体何がいけなかったんでしょうかねぇ?
 な〜んて、今更言ってもどうしようもないですね。
『去るものは追わず。来るものは拒まず』
 それが、この国のモットーですからね。
 何より、新しいお客様は既にいらしてますし。
 ねぇ? そこにいらっしゃるんでしょう?
 今のやり取りを覗いてらしたアナタ。そうアナタですよ!
 いかがです? “子供の国”で、面白おかしく暮らしてみませんか?
 な〜に、実年齢なんか関係ありませんよ。
 だって、ここは永遠に“子供の国”なんですから。
 “子供”とおまけのピエロしか存在しない“国”。
 それ以外は、存在しないと言ったら、しないんですよ。
 なに、そんな深く考える理由なんてのもありません。
 さ、遠慮などなさらず、ど〜ぞ中へ。
 どなた様にも平等に、苦痛からの解放を、お約束いたしますから・・・











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