−−−旅に出よう




 よし、旅に出よう。

 思い立って、少女はその日のうちに準備を開始した。
 この前、幼稚園の遠足に使ったリュックサックを押入れから引っ張り出して。
 リュックのポケットを探ったらクシャクシャになったハンカチが出て来た。
「これはいらない」
 ぽいっと後ろに放り投げて、引き出しからアイロンのかかったモノを取り出す。
 ハート柄の黄色いハンカチ。少女の一番のお気に入り。
 テーブルの上に乗っていたポケットティッシュと一緒にリュックのポケットに入れた。


『世界を救ってください』
 お姫様はそう言って、勇者と呼ばれる少年に頭を下げた。
『北にある魔王の城に行って、魔王を退治してください』
 剣を差し出して、そう頼む。
 少年は力強く頷いて。
『任せてください。必ずや、世界の平和を取り戻してみせます!』
 頼もしく、高らかに宣言する。
 お姫様は感激の涙を流して、何度も何度もお礼を言った。
 そして、少年は魔王の城に向かって旅に出たのだった。


 夕飯を食べた後、いつものテレビタイム。
 今日から新しく始まったアニメは、世界を救う旅に出る勇者のお話だった。
「旅ってなあに?」
 隣りで泡の残るグラスを片手に、もう一杯とビール瓶に手を伸ばそうとしていた父親
に訊いてみた。
「んん? 旅かぁ、旅はいいぞ〜。見知らぬ土地、初めての体験、ウマイ食い物、ウマ
イ酒! しかも退屈とは無縁の日々だ。毎日きっと楽しいぞ〜」
 赤ら顔で充分楽しそうな父親は、新たにビールを注いだグラスを持ち上げる。
「カンパ〜イ。見知らぬ土地にカンパ〜イ!」
 少女は首を傾げたが、旅が楽しいモノだってことはわかった。
 どこか遠くへ行って、何かすごく楽しいことをするに違いない。
 それに、北へ向かえば、勇者と呼ばれる少年に会うことも出来るかもしれない……も
う一度父親に訊いたら「北はあっちだ!」と定まらない目と指で窓の外を指差した。
 勇者に会って、一緒に世界を救うのはすごくカッコイイと思う。
 魔王がいるなんて聞いたことないけれど、勇者に会えばわかるだろう。
 少女はまだ何やら話している父親を置いて、自分の部屋へと駆け込んでいった。


 台所から母親に見つからないように、こっそりお菓子も持ち出した。
 リュックは一時間ほどかかって、もう入りきらないほどに膨れている。
 準備は出来た。
 少女は満足そうに頷いて、リュックはベッドの横に置く。
 出発は明日。そのためにも、今日はもう寝なければ。
 いつもなら母親に叱られて渋々ベッドに入るのだけど、今日は早々にベッドに潜り込
んで目を閉じた。旅で何が起こるのか……考えただけで頬が緩み、ドキドキしたけれど、
やがて少女は眠りに落ちて行った。


 翌日。
「行ってきま〜す!」
 あんまり遅くならないのよ、と言う母親に見送られて、少女は出発した。
 昨夜、父親が示した方向に歩いて行く。少女の小さな胸の中には希望がいっぱい。
 早く勇者と一緒に見知らぬ土地に行ってみたいと思った。
 しかし。
「あれ〜、どっか行くの?」
 同じ幼稚園の友達が三人、近くの公園から声を掛けてきた。
「あのね、勇者様と一緒に魔王の城に行くの!」
 少女が得意げに胸を張ると、三人は「すげぇ〜!」「怖くない?」「カッコイイ〜」
口々に騒ぐ。
 その反応が心地よくて、少女は満面の笑顔を見せた。
「でも……それじゃ、しばらく会えないね」
 一人の言葉に、少女はハッとして笑みを引っ込める。
「ええ〜、今度一緒にあの林の探検するって約束したのにぃ〜」
「……いつ、帰ってくるの?」
 その言葉に、困ったように顔を歪めた少女はやがて言った。
「…………やっぱり止める」
「え?」
「だって、あの林の中も気になるもん!」
 言って、少女はパッと駆け出した。
 一瞬三人は呆気に取られたけれど、すぐに後を追って走り出す。


 世界は広い―――そんなことは知らない少女にとって、少し先の大通りの向こう側で
さえ未知の世界。
 勇者との旅は気になるけれど、身近にも知らない場所はたくさんある。
 まずはそこから……少女の世界は少しずつ、広がっていく。












 ********


  なんとなく、少女で。
 思い込んだら一直線(諦めるのも早かったが;)
 女の子だって、勇者と一緒に旅に出たくなるものです(そうか?)

  02.05.11.


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