−−−君の為にできること



 side: A


「帰れ」
 部屋のドアを開けて入ってきた訪問者に、顔を見るなり素気なく言ってやった。が、訪問者は気にした
様子もなく―――いつものことだが、人の言葉など聞いていないに違いない―――やたらと大きな荷物を
床に放り出して、朗らかな笑顔を見せた。
「やあ、エーレイ、調子はどう?」
「最悪だ」
「そうかそうか、そりゃ大変だな」
 訪問者―――ビィトは、訊いた意味がないとしか思えない顔で頷いた。俺がベッドの中で体を起こす間
にも、勝手知ったる何とやら……階下の台所から持ち出して来たらしいティーセットを使って、傍らのテ
ーブルにお茶の用意を始めてしまう。これもいつものことだが。
 鼻歌まで歌いながらで、今日も機嫌は最高に良いらしい―――ビィトの機嫌が悪いところなんて、生ま
れてからこっち十五年間で、片手でも足りるほどしか見たことはないが。いつでも上機嫌のビィト―――
対照的に、いつでも不機嫌の俺、エーレイ。家が隣り同士とはいえ、一緒にいることが多いのは、この界
隈の七不思議のひとつだ―――とは、ビィト本人の弁。自分で言ってどうする、と思う。
 しかも、会いに来るのはいつもビィトの方だというのに。
「うし。さ、準備はオーケイだ。砂糖はなし、ミルクもなし。これぞ、テルット茶の正しい飲み方だ。ほ
ら、遠慮はいらない、存分に味わいたまえ」
 遠慮も何も、俺のウチにあったお茶だろうが。
 思ったが、ちょうど喉も渇いていたし、有り難くいただくことにする。ビィトは傍若無人だが、なぜか
何をするにもタイミングがいい。強運に恵まれているというか……勝手気侭に動いてるようでいて、余計
なことをして怒られることがない―――ただひとつのことを除いては。
「ふむ。喉も潤ったことだし、本題に入ろうじゃないか」
「いらない」
 その一言だけで即刻キッパリ返してやったが、ビィトは楽しそうに持ってきた荷物を探り始める。
「ふん、ふんふん〜〜〜、ふふんふん〜♪」
 妙な節の鼻歌を続けながら、やがて取り出してテーブルに並べたのは小さな瓶。それぞれに違う色の液
体が入っていて、見た目はキレイなものだ。
「さてさて取り出しましたるは小瓶が十。色とりどり見た目美しいこの液体。右から順に、一の水、二の
水、三の水……といった具合に、十の水まで十種類。もちろん外れナシの自信作ばかり。さあエーレイ、
どれにする?」
 芝居がかった口調で小瓶を示し、言葉どおり自信たっぷりに俺の返事を待つ。
 しかし。
「いらない」
 俺の返答は変わらない。
 頑固だろうが意地っ張りだろうが、いらないものはいらない。
「何度持ってきたって、俺は飲まない。絶対に、だ」
 中身がどういうものかは知ってる。ビィトがどこから持ってきているかも知ってる。知ってるからこそ、
俺は絶対に飲まない。
「どうしても?」
「飲まない」
「ふ〜む」
 頑なな俺の態度をたっぷり眺めやり、それでも変わらないと見ると、ビィトは頷いて小瓶を元の通り荷
物に収めた。その荷物を背負い直し、いつものようにあっさりと暇を告げる。
「ま、仕方がない。次に期待しよう」
「何度来たって同じさ」
「それならそれで仕方ないな。ボクに諦める気もないけど」
 ニヤリと唇の端を持ち上げて、ビィトは軽く手を振った。
「お茶、ごちそうさま。またな」
「来なくていい!」
 ぶつけた言葉は、ビィトの背に届く前に、閉じられたドアに跳ね返された。いつものごとく、前触れも
なく現れて一陣の風のように去っていく。後に残された俺が、どんな気持ちでいるかなんて、きっと考え
ようともしないまま。


 こんなことがもう二年も続いてる。
 毎月決まってやって来る訪問者は、必ず十個の小瓶を携え、一人で騒ぎ、結果的にはただ一緒にお茶を
飲むだけで帰って行く。
 ここ一年くらいは俺もほとんど外に出ないから、両親以外で接する唯一の人間がビィトということにな
る。どんなに暴言を吐いて追い払おうとしても、ビィトは必ずやって来る。いつしか俺も諦めて、“帰れ”
とは言うけれど、訪問は黙認してるも同然になった。鬱陶しいことこの上ないが、それでも、短時間でこ
っちが拒否すればあっさり帰るのだから、少しだけ我慢すれば済むことだ。
 何より、ビィトの訪問を受け入れることで、両親の不安がわずかでも解消されるのを知ってるから……
昔から心配ばかり掛けてる俺が、苦労をかけてる両親にできることなんてそれだけだから。
 ―――いや、ビィトの持ってくる小瓶を受け取ることも……受け取って、それを飲むこともまた同じこ
とかもしれないが。
 そうは思っても、それだけはどうしても出来なかった。
 今更―――そう、“今更”だ。五年も前に、俺の治療を放棄したヤブ医者にいきなり弟子入りを決めた
ビィトの、何を信用しろって言うんだ。



   ***


 予定よりも一ヶ月も早く生まれてきた子は、弱々しい深呼吸を産声に代えた。
 それでも、名医と呼ばれる医者のおかげか、両親の祈りが通じたのか、はたまたその子
自身の力か……他の誰よりも医者を必要としながらも、危機は脱した、……ように見えた。
 しかし、三歳にして衰弱の著しさに入院。
 以来、原因はわからぬまま、その子は他の子のように外で駆け回ることも出来ず、自室
のベッドから同年代の子の遊ぶ姿を眺める日々が繰り返されるようになる。入退院を繰り
返し、その都度、己の弱さを見せつけられるようで、その子は表情を無くしていった。
 そんな我が子の姿を見兼ねて、母親は医者に縋ったけれど。
「この症状は、今までに前例がない」
 医者はにべもなく言い、明確な治療法はわからないと告げた。
 それでも我が子の苦しみを見れば、両親は諦められるわけもなく、地に額をこすりつけ
る勢いで、医者に縋った。自分たちでも書物を漁り、知識を貪るように吸収し、……けれ
どそれは、医者の言葉の確認でしかなかった。
 ……前例がない。治療法もない。
 両親の嘆き悲しみは深く、医者は名医と呼ばれる自分を苛んだ。名医と呼ばれながらも、
目の前で苦しむ子供の一人を救えない自分を。どこが名医なのか、と。
 そして。
「……私に今の段階で出来ることはもう何もない」
 その子がようやく十歳の誕生日を迎えた年、医者は両親にそう告げた。
 話し合いを繰り返し、医者の意思を確認し、両親は決断しなければならなかった。
 愛するたった一人の我が子の為に、自分たちが出来ることを。
 医者を責め苛み、恨みや悲しみに沈むのではなく、胸に大きな決意を。
 辛くても、それが我が子の為になるのだと信じて。



   ***




 side: B


 ……今日もダメだったか。
 家の外から二階の窓―――頑固者エーレイの部屋を見上げて伸びをする。まあいいさ、次がある。エー
レイの顔は先月よりもまた少し痩せていたけど、怒鳴り声は健在。心配じゃないって言ったら嘘になるけ
ど、まだ大丈夫だって信じてる。
 二年前―――性格には問題あるけれど医者としての腕は一流、と街で名の知れたシー・ラッテ先生に弟
子入りした。とある約束を果たす為に。
 あのエーレイが、一度こうと決めたことを翻すとは思えない―――つまり、ボクがいくら薬を持って行
ったところで、受け取ってくれる可能性はゼロに限りなく近いってことだ。親同士が仲良くて、誕生日が
近い幼馴染。幼い頃から一緒にいるのが当たり前で……エーレイがボクや他の子たちとは少し違うってこ
とを教えられてからも、それは変わらないと思ってたのに。エーレイにとっては、違ったんだろうか?
 一緒に走り回れなくても、ボクは構わなかったのに。
 だって、いつも落ち着きがないって怒られてたボクに、動き回らなくても楽しいことはあるって教えて
くれたのは、他でもない彼なんだから。絵本の面白さも、お茶の楽しみ方も、苦痛じゃない勉強法も……
全部、エーレイが教えてくれた。だから―――
「ビィト?」
「! あ、フェレ」
「また、あの頑固者のとこに行ってたの?」
 フェレは呆れた声を上げる。
「懲りないなぁ。どうせまた追い返されてきたんだろ」
「一緒にお茶を飲んで来たんだよ」
 訂正したけど、フェレは鼻で笑って馬鹿にしたように肩を竦める。
「まったく。幼馴染だからって付き合うことないのに」
「……幼馴染、だから?」
「そうだろう? でなきゃ、誰があんな頑固者に会いたいもんかよ。お前も大変だよな、親に言われたん
だかあっちの親に頼まれたんだか知らないけど、さ」
「…………」
「まあどうせ、それもこの先そう長く続くことはないだろうけどな」
 ケッ、とご丁寧に蔑笑を重ねて、こいつはそうのたまった。
 が、それを黙って聞いてられるほど、ボクは人間できちゃいないわけで―――フェレが言葉を言い終え
ると同時に、そのアゴに拳を叩き込んでいた。
「っ……なっ!?」
 勢いそのままに引っ繰り返ったフェレを見下ろして、冷ややかに言ってやる。
「このボクが、ヒトに言われたからってやりたくもないこと素直にやるよーなお人好しだと、本気で思っ
てんの?」
「…………」
「このボクがっ、そんなに人間できてるとでも!?」
 腰を折って、ぐいっと顔を近づけてやったら、フェレはアゴを押さえたまま青ざめた顔を勢いよく振り
回した―――勢いが付き過ぎてわかりにくいけど、一応否定してるらしい。なら、ヨシ。
 ボクは「ふんっ」と鼻を鳴らして踵を返すと、腰抜けは置いてとっとと帰ることにする。時間は貴重。
こんなところでいつまでも油を売ってるわけにはいかない。
 シー・ラッテ先生の診療所への道を歩きながら、次はどんな調合の薬を作ろうか考えることにする。他
でもない、エーレイの病気の治療薬を作り出すのが今のボクの最優先事項だから。


 五年前、治療の放棄を告げたシー・ラッテ先生の診療所に怒鳴り込んだのが最初。
 あの日のことは今でもよく覚えてる。怒りで頭いっぱいのボクに、シー・ラッテ先生はいつもの軽薄な
口調で答えた。
「無理なもんは無理」
「なんで!? シー・ラッテ先生は名医だって皆が……っ!」
「名医にだって、出来ることと出来ないことはある。残念だったな」
「っ……」
「悔しいか? だがな、それが現実ってもんだ。ま、ガキにゃまだ早い話かもしれんがな。ガキならガキ
らしく、せいぜい夢でも追いかけてるこった」
「…………わかった」
「諦めはついたか」
「夢だっていい。ボクに出来る可能性があるなら、ボクがやる。エーレイの病気を治す方法を教えて」
 そう言ったら、一瞬呆気に取られた顔したシー・ラッテ先生はすぐに笑い出した。腹を抱えて、衆目を
憚らず大きな声で―――でも、承知した。
「お前がそう言うなら、止めやしないさ」
 それから三年、とりあえず基礎教育を終えてすぐに、ボクはシー・ラッテ先生の下に弟子入りした。医
者になりたいわけじゃないけど、医学をかじり、診療所の手伝いをしながら二年間、ボクは言われた通り
に薬の調合を繰り返してエーレイの家に通った。
 その調合法は、シー・ラッテ先生の言葉通り医学的根拠のまるでないものばかりだったけれど。



   ***



「おばさん! ボクが薬を作るよ!」
 我が子の幼馴染の少女は肩を怒らせたまま、そう宣言した。
 医者の元へ行き、他の誰でもなく自分が幼馴染の為に未知の薬を作り出すのだと決めて
きたのだと。母親はその宣言に目を丸くして驚き、だが、笑い飛ばしたりはしなかった。
主治医さえ治療は今は無理だと告げた……そんな病がまだ幼さの残るこの少女に作れるは
ずはない。常識的に考えたら、それこそ無理。
 けれど、母親は少女に心から礼を言い、力強く抱き締めた。
 その熱意は本物だと感じたから。他の誰よりも我が子を心配してくれてる少女だから。
「シー・ラッテ先生も弟子入りを承知してくれたからね」
 胸を張って告げた姿は、力のこもったモノだったから。
 医者も認めたこの少女を信じてみようと思った。この少女なら、本当に我が子の病を治
せるかもしれない。縋るような直感に、信頼を打ち立てる。
 このとき、我が子の命は、今は治療を放棄した医者と、まだ基礎教育さえ終えていない
少女の手に委ねられた。人はそれを無謀と言うかもしれないけれど……両親に課せられた
のは、“期待しない”のが基本の生活だったから、それで良いのだと母親は自分に言い聞
かせた。




   ***




 side: C


「ただいま帰りました〜」
 声に不機嫌を滲ませて―――あのわかりやすさは、この界隈一だろう―――弟子が帰ってきた。あいつ
は、基本的に誰に対しても愛想がいい。町を歩けば、すれ違う人間の半数以上と挨拶を交わす。顔が広く、
人との付き合いには信じられない程マメになる。老婦人の顔色が悪いと気遣い、泣いた跡のある子供を見
かければ眉をひそめて声を掛ける。“先日はお菓子をありがとう”だの、“その後、雨漏りは直りました
か?”だの……挨拶を交わして、一言二言は当たり前。極まれに薬草などの買出しに一緒に行くが、その
たびに呆れ返る。
 悪いことじゃない。だが、オレからすれば何故そんな面倒を背負い込むような真似を進んでするのか、
と理解の範疇にない行動だ。
 ……医者としては、向いてるのかもしれんがな。
 だから、そんな弟子が不機嫌を顕わに帰ってくることが珍しい。
「どうした?」
 診察を終え、軽く休憩にと診察台に転がってたのだが、診察室に入ってきた弟子に、頭だけ持ち上げて
訊いてみる。
「別に。なんでもありません」
 しれっと言って、弟子は荷物を背中から机に下ろす。どうやら、訊いても無駄らしい。オレは頭を戻し
て、定例となった問いに替える。
「飲まなかったか」
「…………ひとつ、訊いてもいいですか?」
 いつもと様子が違った。感情は読めなかったが、微かに声が震えているように聞こえる。
「あと、何年かかりますか?」
「それは、お前次第だ。何度も言ったろ」
「ボクは今すぐにでも、完成させたいと思ってます」
 ……それは知ってる。
 心の中で返して、別の言葉を口に載せる。
「何か言われたのか、あのガキに」
「いいえ。エーレイはいつもと同じです。何も、変わらない。部屋に入って、薬を並べて、服用は断られ
て、一緒にお茶を飲んだだけ……その体がさらに痩せていたこと以外は、一ヶ月前と同じ」
 帰る途中、どこかの馬鹿なガキにでも出くわしてきたか。
 言われたことは想像がつく。日頃、町の連中がどんな噂をしてるかを考えれば……まったく、何も知ら
ない第三者が、くだらないことばかり。
「弟子入りを許可してすぐに言ったはずだがな」
「……“医者としての知識以外は何も教えない。特定の患者の進捗状況も含めて”」
「エーレイの治療法はまだ確定してない。確定してない治療法は医者の知識の範囲には含まれない、とオ
レは判断する。不満か?」
「……不安です」
 こうまで鬱に沈み込むのは、さらに珍しい。きっかけは些細だが……張り詰めてた糸が切れた、かな。
……やれやれ。
 仕方なく体を起こして、弟子に向き直る。
「気持ちはわからんでもない。だが、お前はすべて承知の上でオレの弟子になった。オレが、エーレイの
治療を放棄したのを知った上で、な。未熟なお前に、中途半端な知識を植え付けるわけにはいかない。間
違ったことを言ってるか?」
「……いいえ」
「とりあえずは……そうだな。早々に医者としての知識を頭に叩き込んで、自分なりに治療法を確立させ
るのを目標とでもするんだな。お前がそんな不安を抱えたままじゃ、尚更患者も治療を受け入れてはくれ
ないだろ。医者の不安は患者に伝染する。気をつけろよ」
 不満そうだったが、今のオレにそれ以上に言ってやれる言葉はない。
 いつもどおりの片付けを命じて、オレは診察室を後にした。




   ***



「未来に期待するという意味では、治療法がないわけではない」
 医者の言葉に、両親は瞠目して顔を上げた。
「では……!」
「あくまで可能性の話だ。今の段階ではな。確証は、ない」
 あっさりと首を振る医者に、両親は失意に沈む……が、恐る恐る訊き直す。
「可能性がゼロでないなら、その方法を試すことは……」
「出来る」
「ならば、お願いします!」
 藁にも縋る思いで、両親は声を揃えた。
 ただ我が子の為に―――少しでも生き長らえる方法があるならば、それを望まないわけ
がない。自分達に出来ることがあれば、どんなことだってやる覚悟はとっくに出来ている。
 そう告げると、医者はますます難しげに顔をしかめた。
「それをやったとしても、治らない可能性もゼロじゃない。それでもか?」
 考える間もなく、肯定される。両親は揃って首を縦に振り、じっと医者の次の言葉を待
っている。
「…………」
 子を想う親心―――医者は大きく息を吐いて、その可能性を告げる。
 この夫婦は、たった一人の我が子の為に、医者を脅迫してでも聞き出そうとするだろう。
確信があったから「あくまで可能性の話だってことを忘れずにな」ともう一度念を押した。
「それに、確固とした前例が無い。どちらかというと、医者の間での噂の類だ。医者だっ
て、すべての患者を助けたいと思っても、どうしても叶わないことがある。その辛さから
逃れる為に生まれた妄想かもしれない」
「……言うなれば、実験体……そういうことですよね? でも、それでも、我が子を助け
たいんです。親のエゴかもしれません。あの子に辛い思いをさせるだけの結果になってし
まうかもしれない。それでも! 一縷の望みがあるなら、それに賭けたいんです」
「愚かだと笑われたとしても、私たちの願いはひとつだけなんです」
 何を言っても、親の気持ちは変わらない。
 医者は両親を真っ直ぐ見据え、大きく息を吸い込んだ―――あとは、言葉と共に吐き出
すだけ。
「治療の為には、手術が必要だ。だが、あの子にこの手術に耐えられるだけの体力がない。
今のままじゃ、たとえ技術的には手術が成功したとしても、すべてが終わった時に、患者
の意識はないだろう。一言で言ってしまえば、強壮剤が必要だ。それを、作る」
「……具体的には、どんな?」
「植物だ。以前に文献を調べた時、信じがたい効果のある植物の発見が記されていた。そ
れも、自生しているものではない。その医者自らが手塩にかけて育てたって話だ」
 一般的に、強壮剤の元として使用される植物がある。
 だがそれは、効果をあまり望めない。今回のように、大手術に耐えられるだけの体力を、
などと望めるべくもない。健康な人間が少し疲れた時に……その程度。けれど、その植物
の種子を元にして、育てたのが幻とも言われる新種の植物だった。
「成功させたのは、第一発見者の医者一人。しかも、一度きり。育て方は書物にあるが、
正直、オレには自信がない。しかも時間が掛かる。その上、……植物を無事に望む形に育
てられたとしても、あの子に必ず効果があるという保証はない。加えて、その不安が解消
されたとしても、手術自体も難しいものだ。オレの腕でも、成功させられるかは……五分
五分だろうな」
 一息に並べられた難問。
 すべてが叶うのは一体どれほどの確率になるのか。
 けれど。
「お願いします」
 両親は揃って、頭を下げたのだった。



 決意は変わらない。気持ちも変わらない。
 植物の育成に十年は掛かり、その十年を患者である少年が生き延びられる保証もないと
言うのに。
 確率の低さに、医者は言った。
「失敗する可能性の方が高いんだ。患者に無駄に期待を抱かせたくはない。期待が大きけ
れば大きいほど、失敗した時の失望は深く重いモノになるからな。悪いが、治療はここで
打ち切らせてもらう。不安はわかるが、ここはまずあんたたちが我慢するんだ。あんたた
ちには期待するなと言っても、無理な話だろうが、それを承知で頼んできたってことを忘
れるなよ」
 誰にも未来はわからない。
 けれど、それぞれが未来の為に、出来る限りのことをやる。
 明日は見えないけれど、すべては病に苦しむ君の為に。
 自分の精一杯で、出来ることを。











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  03.12.30.


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