−−−シルシ





「叔母さん! お外に変なシルシがあるの」
 玄関の外に置きっぱなしになっていたホウキを片付けるつもりで外に出た
はずの姪のミズキが、すぐに戻ってきてそう告げた。
「シルシ?」
「そう、まるいの」
 九歳の誕生日を冬に控えたミズキは、台所から顔を見せた叔母―――モミ
ジの腕を引く。
 わけがわからないまま連れ出されたモミジは、その玄関先に描かれたモノ
を見てもやっぱりわけがわからずに首を傾げた。
「これ?」
「うん。何のシルシかな〜?」
 泥で描かれた丸印。乾きかけているが、昼前に玄関先を掃除した時にはな
かった。記憶を探ってみたが、それは間違いない。となると、どんなに長く
ても描いてから二時間と経ってないだろう。
 壁やら塀やらに意味不明なラクガキをしていくチンピラはたまにいるが、
どう見てもそれとは違うと思われる。連中はどこから見つけてくるんだか、
塗装用のスプレー缶を使うことが多いからだ。こんなすぐに洗って流せるモ
ノで描いたりはしないだろう……しかも、ただの丸を。
(……となると)
 何かを一生懸命話してるミズキに適当に頷きながら、そっと周囲に視線を
走らせる。
 と、少し離れた路地で、わずかに影が動いた気がした。目を凝らしても変
化はなかったが、まず間違いないと判断する。
(……まったく、しょうがない子だね。心配をかけまいと気を遣ってくれる
のは有り難いけど)
 忍び笑いを漏らして、もう一度丸印を見下ろす。
「叔母さん?」
「ああ、これは大切なシルシだね」
「何のシルシかわかったの?」
 頷いて、いったん家の中に入るように促した。
「何? 何?」
 背中を押されながらも好奇心いっぱいに訊いてくるミズキの頭をなでて、
台所へと入って行く。
 そこには、さっきまで二人で作っていたクッキーが皿に山になっている。
「作りすぎちゃったのは、ちょうど良かったね」
「このクッキーをどうするの?」
「ミズキ、初めて作ったこのクッキー、食べてもらいたいヒトがいるってさ
っき言ってたよね?」
「うん! おにいちゃんね、きっとお腹空かせてると思うの」
 言って、小さな額にシワを寄せてさらに小さく見せる。
「なら、このクッキーはお兄ちゃんに届けてもらおうね」
「ええっ、できるの!?」
「もちろんさ。シルシがあったからね」
「あのまるいシルシ?」
 半信半疑な様子で、玄関の方を指差すミズキを見やり、笑顔を返す。
 戸棚にしまっておいた紙袋を取り出してきて、その袋にクッキーを詰めな
がら言った。
「あのシルシのところに置いておけば、ちゃんと届けたいモノを大切なヒト
の所に届けてくれるんだよ。だからミズキ、そこの紙に“おにいちゃんへ”
って書けるかい?」
「うん、書ける!」
 小さな体で大きく頷いて。
 兄に教わった平仮名で紙に記した。少し歪んでしまったけれど、幼いミズ
キには今まで書いた中で一番丁寧だと思える文字を。
「できた! これでいい?」
「ああ。じゃあそれをここに」
 折った袋の口に挟み込んで「落とさないようにね」とミズキに渡す。
 あの丸い印のあった場所に置いてくればいいからと、逸る気持ちを抑え切
れないらしい小さな背中を見送って、モミジは微笑んだ。
(イイ子に育てたわね、姉さん、お義兄さん)
 ミズキを見てると、自分の幼い頃のことを思い出す。姉とは、顔が似てる
とよく言われた。だから、ミズキはモミジ自身の小さい頃の顔にも似てるの
だろう。モミジから見れば、自分の手をいつも引いてくれた姉と重なるが。
 モミジ自身は子を生さなかったし、これからも自分で生む気はないけれど。
 この兄妹の母親になろうと決めていた。
 兄であるカイトは家を出て行くことを選んだけれど、それでも彼もまた息
子だと言える。
 もしカイトが帰る気になれば、いつでも出迎えてあげるつもりで。
 言葉で伝える日は来ないだろうけれど、自分で決意できただけで良かった。
姉の為に、義兄の為に、この兄妹の為に……そして何よりモミジ自身の為に。
日々、決意はより強固になっていく。
(母は強し……ってね)
 昔の言葉。でも、母の愛は変わらない。そう信じたいから。
 強くあろうと思った。
 そして願わくば、この兄妹が、今の心を失わないように……人間としての
温かい心を。


 その後、ほぼ月に一度のペースで丸印は描かれ、その度にミズキは何かし
ら届けモノを置いた。
 会えないけれど、きっと元気でいるはずの兄に。
 ずっと元気でいてほしいと願いを込めて。
 そして、いつかミズキの元へ帰ってきてほしいと、想いを込めて。










  ********


  というやり取りがあったのではないかな、と(no.6)
  なんでもお見通しの叔母さんです。

  にしても、ミズキ…………病弱?
  や、別にカイトが妙な思い込みで夢を見てるわけじゃないですよ。
  ええ、普段は明るい子なのです。きっと。うん。
  でもちょっとしたことで熱を出しやすいとかそういう……ね?
  ……けど、そのちょっとしたことでも、カイトは大袈裟に心配しそうな
  気がします……ていうか、確実に(苦笑)








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